知己もない名もない親しい菜もないな/茂吉

おれはだめな男だ、というのが夫の口癖でした。そんなことないわよ、と慰めながら、あんたがだめなのは男としてじゃない、人間としてだ、とわたしは思っていました。だから余命一年と宣告されたときは、うれしかった。そんなに嫌なら別れればいいじゃないかと言われるかもしれませんけれど、離婚したってつきまとわれるに決まってます。かといって自殺する勇気もない。あと半年、あと一ヵ月とその日を待ちわびました。神様っているんですね。宣告から三百五十九日目、六日も早くわたしは死ぬことができたんです。本当にホッとしました。だのに。あいつは嫌なことがあるたび、墓石のわたしを撫で洗いながら泣きついてくるんです。おれも早くそっちへ行きたいよって。気色悪い。ああ神様、どうかあの馬鹿をできる限り長く長く生きさせてやってください。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買い来て
妻としたしむ/石川啄木